意味のある戦争などない
当事者からしたら「無意味」ではないのだろう。ただ、周りからみれば「無意味」以外の何物でもないようにうつる。きっと戦っている兵士の中にも、戦火に巻き込まれている人たちの中にも同じ思いを抱いている人たちは多いはずだ。
2022年2月24日、ロシアがウクライナに侵攻した。あれから2年6ヶ月が過ぎようとしているが、ウクライナでの戦争は止む気配がない。これまでウクライナ人もロシア人も義勇兵として当地に赴いたそれ以外の国の人たち(日本人もいる)もたくさん傷つき、たくさん死んでいった。
「死」が軽い
戦争はあまりにも「死」を軽んじている。普段はあんなにも重きを置かれている「死」が、戦争のもとでは当たり前となり、哀しみすら忘れられてしまうようだ。そこには1人の大切な人生があったことなどすっかり無視されてしまっている。
それが戦争なのだろう。
人類の未来はそう長くない
声を大にして言う。後先が長くない老いた政治家たちの犠牲になっているのは、この先の未来を創り上げるのに必要な若者たちなのだ。
人類の未来はそう長くなさそうだ。無論、いつか人類は滅亡する。これは地球の歴史を考えれば必然なわけだけれど、このままだと、人類は人類によって滅亡するに違いない。これもまた地球の歴史と割り切れるのか。いや、到底、割り切ることなどできない。
ウクライナだけではない。スーダンでも深刻な内戦が起きている。なんとかならないものか。本当になんとかならないものか。こんな筆をとってもそれこそ「無意味」なのかもしれないけれど、書かずにはいられなかったのだ。
平和に感謝。どうか、世界よ、平和であれ。
【おわり】
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